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「本日の書評」


本日の書評 馬渕睦夫『国難の正体』(総和社) 




 かつて谷口雅春先生は、戦前に書かれた『生命の実相 神道編』(現在、「古事記と日本国の世界的使命 甦る『生命の実相』神道篇」として、光明思想社より再版)のなかで、日本国の使命を実現するにあたり、日本および日本人は「今後幾多の試煉に出会(でくわ)さななければならない」としつつ、次のように今日の混迷する世界情勢の根源を鋭く洞察していました。


「その試練の最大のものは、ユダヤ民族の世界統一運動なのであります。凡そ、全世界を一つの支配の下に制覇しようという野望を抱いている民族はユダヤ民族であります。」
 「資本主義組織を計画したのもユダヤの守護神であり、これを破壊に導いているのもユダヤの守護神であり、その変転の過程が彼らの乗ずる処であります。資本主義制度というものは、皆さん御存知の通りの通り唯物論に出発している。総て物を蓄積して、物の力によって一切を支配して行こうという働であります。その反動として起こっているかのごとく見えているところの『赤』色運動というのも唯物論であります。本源は一つであります。」(「古事記と日本国の世界的使命 甦る『生命の実相』神道篇」p153、p156)


 今回ご紹介する『国難の正体』の著者馬渕睦夫氏は、元ウクライナ兼モルドバ大使・防衛大学の教授を歴任された国際通の元外交官です。その馬渕氏がソ連の外相グロムイコやGHQの最高司令官マッカーサー、そして米国の世界戦略に政権内部から大きな影響を与えたユダヤ人のキッシンジャーやブレジンスキーなどの回顧録や著書を読み解きながら、「八百長」としての米ソ冷戦の性格や国際金融資本に支配される米国や世界の現状を分析しつつ、「グローバリズムと共産主義は根は一つ」という観点から戦後「世界史」の書換えに挑んだのが本書です。さらに本書では、『国難の正体』・『日本の敵』ともいうべき『グローバリズム』は国際金融資本家のユダヤ思想に基づいたものであることや、近現代の世界史はナショナリズムとグローバリズムの思想戦であるという認識のもと、「金」と「情報」に支配される今日の国際情勢を説明しています。
 馬渕氏はこうしたグローバリズムに対処するために、「日本の国柄を言葉で理論化する」新しい「国体論」を主張されます。馬渕氏はまず「国体」について次のように定義します。


「国体とは人為的に創造するものではありません。
   国体とは、既に存在しているものなのです。この既に存在している日本の国体を、現状に合わせて『造り変える』ことであるのです。」(『国難の正体』p245)


さらに国体論の根幹として5つ挙げておられます。

日本の国体を支えているのが伝統的価値観であること。

伝統的価値観とは、むすび(物つくり)の精神を基盤とする「和」と「共生」の
思想であること。

「和」とは各人が個性を発揮して己の分(物つくりの精神)を尽くすことにより、社会に貢献すること。

「共生」とは、分を尽くす個人が尊重される社会であって、そこには勝者も
 敗者もなく、調和が取れた社会であること。

 グローバリズムの自由市場原理に代わる、日本人の勤労観に基づく経済モデル  
 を提示すること。(『国難の正体』p246)
 そのうえで、「日本型経営方式の復活」・天皇を中心とする「日本型民主政治の再生」を提言しています。グローバリズムに対抗するためには「日本人独自の精神性(伝統文化)を保持すること」が不可欠ということでしょう。
 誤解なきよう付言すれば、馬渕氏は、世界を「金融」と「情報」によって一元的に管理・支配しようとするアシュケナジム系・ユダヤ思想の問題点を指摘しつつも、日本文化や神道に興味を持つセファルディム系ユダヤ人には共感を示しておられ、「日本の保守論壇がユダヤ問題をもっと深く理解し、全体的なレベルアップを図らねばならない」と渡部昇一氏との対談で語っておられます(『日本の敵』p162〜167)。
 いずれにしても、今後の国際情勢や日本の安全保障を考える上で、ユダヤ人とその思想については更なる研究が俟たれるところです。
 われわれ国民が「伝統文化の神髄を身体に染み込ませることによって、世界の出来事の本質を見抜く直観力や洞察力を磨く」(『国難の正体』p281)ためにも、本書を紐解かれることをお勧めします。


H26.3.17柴田

『本当はすごい神道』山村昭義著



政治ジャーナリスト山村昭義氏のライフワークともいうべき神道研究を披歴した一般向けの啓蒙書。長年にわたり日本全国各地約5000社の神社を参拝し、約200人の神職のインタビューをまとめた神道ノンフィクションである前著『神道と日本人』(新潮社)に続き、新たに約1000人の知人神職の声を再集成し、世に問われたのが本著『本当はすごい神道』です。
 日本人の何気ない生活習慣や行動様式のベースに、いかに神道的思惟が大きく反映しているかを様々な事例を挙げながら解り易く述べられています。
 目次だけ簡単にご紹介すると


第一章 スポーツ・ビジネスを支える神社と神道
第二章 日本を守る最古で最強の思想
第三章 伊勢神宮とグローバルで大らかな神道精神
第四章 人と自然環境を守る要・神社と鎮守の森
第五章 神と祭りとまつりごと
第六章 日本の神道の「間」がもたらす効用
第七章 科学に通じる神道の力
第八章 日本人よ、今こそ素晴らしい神道精神を取り戻そう


以上八章構成になっています。よく神社神道以前の神道を『古神道』と称して、説明・研究かつ実践もなされていますが、本書は現代の生きる神道精神の再評価という意味において「『今神道』へのいざない」の書と評してよいのではないかと思います。
 山村氏は、第八章のなかの「新しい時代の『神ながらの道』とは」で、「海外に向けて積極的にアピールできる神道の教えとはたらき」を次のようにまとめています。(以下要約)


 1.「フレッシュ(Fresh)」 
神道は、清潔で最初の原点に戻るがゆえに、いつも「新鮮」。
 2.「フレキシブル(Flexibie)」
   神道は、自由かつ柔軟な動きをする発想や思想。
 3.「フェイスフル(Faithful)」
   神道は、「思いやり」や「おもてなし」などの心で常に誠意を持って神々や自然と向き合う誠実で謙虚な態度。
 4.「フォレスト(Forest)」
   神道の原初の姿には、昔も今も世界の自然を守る「鎮守の森」があり続けている。
 5.「フリークエンシ―(Frequency)」
   神道は、安定的な同じ「調べ」を反復し、繰り返すことで素晴らしい「響き」を
   奏でる。
 6.「ハーモニー(Harmony)」
   日本の原初にあった「調和」と「和の精神」。「結び」の精神。


 以上の『5F1H』の原則は、外国人にも神道の考えをわかりやすく伝える表現であ
ると同時に、私たち日本人も常に念頭に置きたい考え方を簡潔に示していると思います。
 また「相手をとことん褒める神道の『超ポジティブシンキング』」(第三章)や「ありがとう」や「おかげさまで」の感謝の気持ち(第八章)で、人々や天地万物に接することでコミュニケーションが円滑になり、幸福な人生を歩むことも示唆されています。
日本人がグローバル社会に立ち向かっていくなかで、『神道』という日本人の精神的
 支柱と霊性に目覚め、日本人の誇りをもって自覚的に日々の生活や行動ができるために
も、ぜひ本書を紐解かれることをお勧めいたします。                            
H25.7.22 柴田

『本当はすごい神道』山村昭義





「占領憲法の正體」南出喜久治著



 本書は、現在弁護士であり、国体護持塾塾長として日夜ご活躍の南出喜久治氏が、長年研究された国体思想の集大成として完成された『国體護持総論』の概説書として上梓されました。南出氏は、昭和天皇に「大日本帝国憲法(以下 帝国憲法)」のご進講をされた戦前憲法学の大家である清水澄博士と、これまでの憲法無効論者の志を受け継ぎつつ、精緻な論理展開に基づき、独自の「講和条約説」としての「日本国憲法(以下 占領憲法)」無効論(新無効論・真正護憲論)を主張されておられます。

 その主旨は、占領憲法は、帝国憲法第十三条の講和大権に基づき締結された、ポツダム宣言受諾からサンフランシスコ講和条約締結に至る講和条約群の一つで、「中間の講和条約」として位置づけられるものであり、そもそも「憲法」として「無効」あり、帝国憲法は今も現存しているというものです。

 占領憲法第九条は、宣戦布告から講和条約締結に至る「交戦権」を否認しています。従って占領憲法第九条は、サンフランシスコ講和条約に基づいたわが国「独立」の根拠に成り得ないのです。またその後、わが国は日米安全保障条約や国連加盟を行なっており、前の条約はこれと抵触する後の条約によって変更されるという「後法優位の原則」から、「講和条約」である占領憲法第九条第二項は、その後の条約によって改廃されています(「とこしえのみよ」p247)。つまり個別的自衛権も集団的自衛権もわが国にはあるのです。内閣法制局の解釈にとらわれる必要はないのです。占領憲法を「憲法」すれば、第九条から自衛隊は「違憲」の存在という解釈も成り立ちますが、帝国憲法が現存していると考えれば、自衛隊は「皇軍」となり、正当な「軍隊」と位置づけられます。これら南出氏の指摘は、領土問題で近隣諸国との緊張が高まる中、規範意識を正すことで「防衛」問題に即対応できる法的根拠を与えているという意味で、極めて現実的であると思います。

 あと南出氏の新無効論(真正護憲論)の特色のいくつかご紹介すると、まず「国体論に基づいて主権論を否定し、(中略)規範国体を頂点とする帝国憲法の階層構造を明らかにしたこと」(p91)です。

特筆すべきは、憲法論において「主権」概念を排除したことです。そもそも「主権とは、最高で独立し絶対無制限の生殺与奪の権限」(p35)であり、「天皇」あるいは「国民」自体が「絶対無制限」の権力を持つことは、「法(国体)の支配」に基づく立憲主義の立場と完全に矛盾するのです。ましてや「国民主権」の概念は、今生きている「国民」が「最高」で、「絶対無制限の生殺与奪の権限」を持つことであり、それは過去に生きたご先祖様やこれから生まれる将来の「国民」のことを考えない、あるいは「天皇」を「家来」に「国民」を「主人」とする傲慢極まりない思想というべきでしょう。「主権」とは、少なくとも「君民一体」の国柄、あるいは歴史と伝統を重んずる「保守派」が採用すべき憲法思想ではないのです。あえて「主権」にこだわりたいのであれば、「国体主権」(p91)というべきなのでしょう。ちなみに、教育現場では、帝国憲法を「天皇主権」の憲法といまだに教えていますが、実は帝国憲法の中には、「主権」という言葉は使われていません。むしろ帝国憲法は、「主権」概念を排除した「憲法」なのです。国内政治の文脈で使う「主権」が、「暴政」「独裁制」の温床になることは、政治の「常識」としたいものです。

 また一般的には、近代的な実定法・成文法で定められたもののみを「憲法」と思いがちですが、歴史・伝統によって形成された規範が「憲法」の本質なのです。つまり「憲法」とは「国体(国柄)」そのものなのです。本書では、記紀神話・神勅・詔勅・「憲法十七条」・「万葉集」・「船中八策」・「五箇条の御誓文」などのわが国の規範国体を象徴した「正統憲法」として、帝国憲法を位置づけています。「憲法」を考えるにあたっては、まさに歴史的思考が必要なのです。伊藤博文や井上毅などが、「記紀」神話などの日本の古典・歴史に学び、帝国憲法が起草・制定されたことを、私達は思い起こすべきでしょう。

次に「帝国憲法第七十五条を基軸として、占領憲法が憲法として無効であることを理由付け、同時に、明治皇室典範廃止の無効、占領典範(現皇室典範)制定の無効を明らかにしたこと」(p112~113)です。従来の無効論では、現皇室典範の無効は語られていませんでしたが、南出氏の指摘は、帝国憲法と明治皇室典範に対して一貫した視座を与えてくれます。今「女系天皇」「女性宮家」の議論がなされていますが、そもそも法律としての現「皇室典範」の位置づけ自体が誤りです。戦前、「皇室の家法」でもある「皇室典範」は、「帝国憲法」と同列の位置づけでした。「国民主権」を盾にして皇室の在り方を云々する前に、「御皇室の自治と自律の回復」のために現皇室典範を無効とし、明治皇室典範に復元して旧宮家を復活し、ご皇室の安寧に尽力すべきときでありましょう。合わせて宮務法体系を整え「宮中祭祀」の充実を図るべきです。このことが御皇室の彌榮と日本国の隆昌につながるものと思います。

また「日本国憲法」が、昭和陛下の「上諭」をもって発布された事を重んじる「保守派」のいわゆる「承詔必謹」論にも検討を加えています。つまり「先帝陛下が上諭を以て公布された占領憲法を否定する無効論、承詔必謹に悖る」(p118)という主張です。旧来の無効論ではその批判はある程度あてはまる側面がありましたが、占領憲法を「講和条約」として「有効」とする南出氏の論理は、帝国憲法第七十六条第一項の「法律規則命令又ハ何等ノ名称ヲ用ヰタル二拘ラス此ノ憲法二矛盾セサル現行ノ法令ハ総テ遵由ノ効力ヲ有ス」という「無効規範の転換」の法理の基づくものであり、「帝国憲法」下の「講和条約」おいて「上諭」は「有効」なのであり、詔自体を否定したものではないのです。

 更に占領憲法九十六条に基づく改正にも批判を加えています。そもそも各議院の総議員の三分の二の賛成と国民投票で過半数を得た改正が果たして実際に可能なのでしょうか。「首相公選」「一院制」など「国民主権」を前提した日本国憲法「改正」論など様々な「改正論」があるなか、最終的に「国体」を尊重した「憲法」が制定が果たして可能なのでしょうか。実は「占領憲法無効」宣言は、「占領憲法五十六条に準じて、衆参両議院の各々総議員の三分の一以上の出席によって議事を開き、その出席議員の過半数で可決して、国会においてその意思を表明すれば足りる。しかも、衆参両議員の雙方がしなければならないものでもない」(p193)のです。なぜなら「これは臣民に対して周知させるための『政治的決議』であって、『法律的決議』ではないから」(p193)です。このような占領憲法無効・帝国憲法「復元改正の道標」も本書では余すところなく論じられています。

 戦後体制が行き詰まるなか、「国体」論を踏まえた「憲法」論議こそがいま朝野で求められています。その際に本書の確かな論理に裏打ちされた憲法思想と方法論こそが、「憲法」論議の基軸に据えられるべきだと思います。

 尚『国體護持総論』は「国體護持塾」のホームページで見られます。その普及版(現代仮名遣い)として、国体論と祭祀の重要性を説いた『くにからのみち』、国際法の観点から大東亜戦争の正当性と占領憲法制定過程の問題点をまとめた『かえるうぶすな』、新無効論・真正護憲論を説いた『とこしえのみよ』、現在の資本主義経済の問題点を分析し、その是正超克として、神勅・国体に裏打ちされた「自立再生社会」の構想を余すところなく論じた『まほらまと』が既に出版されています(まほらまと草紙)。また「無効」になった占領憲法を「講和条約」として生かすものとして新刊書『はらひしたまへ』と、そのあと政体構想をまとめた著作なども出版される予定になっています。

 新無効論・真正護憲論の入門篇としては、渡部昇一氏と南出氏の対談本である『日本国憲法無効宣言』(ビジネス社)がわかりやすくお薦めです。是非に本書と合わせてお手にとってお読み頂きたいと思います。

(追記 「占領憲法の正體」は正仮名正漢字で書かれています。)


H24.8.21 柴田

「占領憲法の正體」南出喜久治著

「世界が大切にするニッポン工場力」根岸康夫著


最近の日本経済は、リーマンショック以降のアメリカ経済の減速、「世界の工場」中国を始めとするアジア諸国の台頭といった世界経済の荒波に揺さぶられている。とりわけ「円高」で製造業を中心とした輸出産業は打撃をうけている。一方政治は、財政赤字に呪縛され、政府・日銀ともに効果的な経済対策が取れず、無為無策の状況が続いている。今、日本人は国家目標を見失い、自信を失いかけている感がある。
 このような時こそ足元を見つめる必要があろう。そこで紹介したいのが本書である。著者の根岸氏は、週刊誌の記者を経て、人間に焦点を当てたノンフィクション作家に転身された。本書には、著者の経歴を活かした緻密な取材に裏打ちされた、町工場の技術の物語が12話紹介されている。


 岡野工業「痛くない注射針」
 小林研業「ipodの鏡面加工」
 ハードロック工業「緩み止めナット」
 三鷹光器「精密光学機器」
 ミクロン「キーンと音のしない歯石除去器」
 菊池保寿堂「伝統技術和銑の新作鋳物」
 モルテン「競技用ボール」
 日プラ「水族館の巨大アクリルパネル」
 アピー「味の落ちない冷凍技術」
 マサキ・エンヴェック「屋上菜園の特殊土壌」
 ストロベリーコーポレーション「携帯用ヒンジ」
 テムザック「実用ロボット」


 どの工場の話も、そこで働く人々の熱意、あくなき探究心と創意工夫、不撓不屈のチャレンジ精神に満ち溢れており、興味深い。ここでは、ハードロック工業の「緩み止めナット」の開発経緯の一端を紹介しょう。


 ハードロック工業本社(1974年創業。1977年現在の社名)は、町工場が密集する東大阪にある。「ナットは経年で緩むもの」という常識を覆す発想で、現在国内始め海外でも信頼される会社に成長をした。その前身の会社を立ち上げた若林克彦氏は、1962年に連結を意味するユニオンナット(Uナット)を開発した。時は高度経済成長の真っ只中、機械化による合理化が叫ばれ、時代の波に乗り飛ぶように売れていった。
 ところが、Uナットは、削岩機や杭打ち機などの強い振動が持続するものに使用すると、ナットが緩む現象が起きた。顧客からその問題を指摘され、何十件もクレームが入った。
 メーカーとして迷惑をかけ、世の中に対して申し訳ないという想いが、若林氏を苛んでいく。そしてこの状態から何とか脱出したいという想いが、若林氏の中で募っていった。
 絶対に緩まないナットを開発せんことにはたまらん・・・・・・。
 精神的に追い込まれていった若林氏は、1973年のある日、考えあぐねて神頼みと住吉神社を訪ねた。そのとき若林氏の脳裏にアイデアが浮かんできた。
 あれ? 楔がカチこんであるやないか・・・・・・。
 ふと、鳥居を見上げると、鳥居の継ぎ目の要所要所が離れないように、古代建築特有の楔が打ち込んでいる。
 これや、これやがな。
 ボルトとナットの隙間に楔をカチこめば、強い緩み止め効果が得られるのではないかという発想から試行錯誤を重ねて、1974年に「ハードロック」ナットが完成した。(このナットは、横浜ベイブリッジ、瀬戸大橋などにも使用されている。)


 新しい技術の開発には、開発者を始めそれを支える人々の言い知れぬ苦労と汗と涙がある。そこには、世のため人のためになるという強い意志、ピンチをチャンスにかえる強靭な精神力がある。そして日本の匠の伝統が、最新の技術の中に活かされていることを知るにつけ、名も無き先人の技と「物造り」にかけた志のあり方に深い感動と感謝の念が自然とこみ上げてくる。わが国の歴史と伝統という足元には、まだまだ豊かなアイデアやヒントが隠されている。日本人が「物造り」を通じて養ってきた勤勉実直な姿勢が町工場の中には今も生きている。
 著者は次のように断言する。「2010年の今も、日本製の工業製品がなければ、世界は成り立たないのだ」と。本書を読むと「日本もまんざら捨てたものではない」と感ずるのではないか。将来の日本を担う若者を始め、自信を失っている日本人に是非読んでいただきたい。  

 柴田
LinkIcon「世界が大切にするニッポン工場力」根岸康夫

「花ならば花咲かん」中村彰彦 著

会津藩の家老田中三郎兵衛玄宰の生涯の話である。読み終わって、現在の施政で、このようなお方が現れないものかと願い祈った。
会津藩は藩祖が3代将軍家光の異母弟であることを誇りとして、徳川家の北の藩屏であることを自覚し務めた。23万石の会津藩は災害や凶作・飢饉などの対応で多大の借金を抱えることになる。藩主容頌をはじめ藩士たちも倹約を強いられるが、借金はかさむばかりであった。藩士たちは扶持米を減らされても家中から非難の声が上がらなかった。それは会津藩祖が定めた『会津藩家訓』「主を重んじ、法を恐るべし」「家中は風儀を励むべし」の精神を藩士たちが切ないまでに守り続けたためである。と現代日本の社会も各家庭に家訓を定め、家族がいつも称え守ることにより一体感が深まり、絆が深まると思われる。田中三郎兵衛は借金を返し、農民・町人の生活が豊かに成るようにとの願いから、途方もないことに挑戦し続けるのである。土地に見合った産業を工夫に工夫を重ね無理を通して次々と成功へと導き出す熱意には感動する。酒作り・養蚕・漆器の製作・漆樹の栽培・鯉の養殖・朝鮮ニンジンの栽培など、なかなかうまくいかなくてもあきらめることなく工夫し成功させていく。借金はなくなり、総石高は32万8千を超え、豊かな藩になる。
またその間、借金を抱えながらも教育には多大な力を注ぐ。
(会津藩家老 田中三郎兵衛 幼い子弟達に守らせた約束)


一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ。
二、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ。
三、虚言を言うてはなりませぬ。
四、卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ。
五、弱いものをいじめてはなりませぬ。
六、戸外で物を食べてはなりませぬ。
七、戸外で婦人と言葉を交わしてはなりませぬ。
「ならぬことはならぬものです」


この教育が会津魂を培ったのです。幕末に義を通して活躍し、維新後の苦難も乗り越えられたのだと思う。
家老田中三郎兵衛玄宰は主人を亡くしても、家族を亡くしても悲しみから立ち上がり、ひたすら藩存続の為に力を尽くす姿勢には心打たれる。
今の近隣国に脅かされている日本の状態を憂い、子供たちには、精神力、気迫、気概を養わなければとつくづく思う。すべからく教育を考え直さなければならない。教育改革が必要である。
H23.7.28 坪田



LinkIcon「花ならば花咲かん」中村彰彦 著

「ユダヤ難民を助けた日本と日本人」上杉千年 著

寺子屋で塾長がユダヤ難民を助けた日本人のお話がありましたので、今回はこの本を紹介したいと思います。(本日の寺子屋ー平成23年7月16日参照)


 ユダヤ人を助けた日本人として、杉原千畝が大変有名です。しかし、ユダヤ難民を助けた日本人は他にも、数多くいらっしゃるのです。塾長の話された、犬塚惟重少佐のほかにも、樋口季一郎少将、安江仙弘(のりひろ)大佐、四王天延孝(しおうでんのぶたか)大佐などがおり、彼らの行動を許可や協力、是認をしたのが、A級戦犯の汚名を着せられた松岡洋右、板垣征四郎、東條英樹である。A級戦犯どころか、超A級偉人である。杉原千畝はもちろん最高に立派な人物であるが、ユダヤ人を助けたのは、主にこれらの軍人達であった。また、ドイツと同盟を結んでいた当時、ドイツ側より、ユダヤ人を排除せよとの要望があったにも拘らず、日本政府は、同盟とは別問題として、国策として正式文章まで作成し、ユダヤ人保護を打ち出している。まさに八紘一宇の精神、ここにあり、である。
 現在の日本人はかつての日本人がどんな日本人であったのか、ぜひとも知るべきである。そして、この本を読み、己を省みる良い機会としたいものである。

 H23.7.26実吉
LinkIcon「ユダヤ難民を助けた日本と日本人」上杉千年

「今日われ生きてあり」神坂次郎 著

もう何年も前に読み、魂が震えた。今また読み返し、ふたたび、胸をえぐられる。英霊に思いを寄せ、靖国神社に足を向かわせるきっかけとなった本のひとつである。
特攻隊員の遺書、遺稿、関係者の証言などを綴り、彼らの思いや生き方、何の為に特攻したのか、つぶさに伝えられている。特攻は強制であった?とんでもない。彼らの崇高な思いを知らなければいけない。かつての日本人はどこまでも純粋で美しかった。家族のため、恋人のため、祖国のため、彼らは散華した。戦後に生きる日本人は知らなければならない。人の命とは何なのか。人の尊厳とは何なのか。民族とは何なのか。祖国とは何なのか。
しかし、この本は電車など外では読めない、涙なくして読めないのだ、そして一気には読めない。一章終わると、次の章に進めないのだ。その特攻した若者の思いに心を奪われ、次に進めない。いや、進みたくない気持ちになり、彼らの人生を噛み締める。涙とともに。


フランスのジャーナリスト、ベルナール・ミローの文章を紹介したい。


「この行為(特攻)に散華した若者達のとった手段は、あまりにも恐ろしいものだった。それにしても、これら日本の英雄達は、この世界に純粋性の偉大さというものについて教訓を与えてくれた。彼らは千年の遠い過去から今日に、人間の偉大さというすでに忘れられてしまったこの使命を、とり出してみせてくれたのである。」  引用おわり


自分の人生に迷っている人は、ぜひ読まれたい。

H23.6.30 実吉
LinkIcon「今日われ生きてあり」神坂次郎

「限りなく日本を愛す」谷口雅春 著



谷口雅春先生のご著書に触れなければ今の私は無く、未来も無かったであろう。本書はサンフランシスコ講和条約締結後に書かれたものと思われるが、昭和40年に加筆改訂し再販されたものである。日本の理想とは何か、日本人とはどんな使命をもっているのか、戦後日本に強いられた占領政策により、歪められた日本と日本人に対して、愛国の情熱ほとばしる谷口雅春先生が覚醒を促す。本書が書かれてすでに半世紀以上の歳月を経たが、現在でも本書で提起された問題は何ら解決しておらず、日本にのしかかる歪みはますます度を増すばかりだ。日本人は日本に立ち返り、先人の紡いできた歴史を謙虚に受け止め、日本の理想と真理を知ってもらいたい。我々の教えられてきた日本は虚構であり、歪められている。本書を読めば、日本とはいかなる国であるか、深く理解できること必定である。日本文化、西洋文化の違い、戦後民主主義の欺瞞、日本再建の鍵、天皇論、古事記解釈等、読み応え抜群である。

 実吉


LinkIcon「限りなく日本を愛す」谷口雅春


「大西郷遺訓」林房雄



西郷さんの遺訓の本は結構な数が出されて居りますが、林房雄氏のこれが、断然いい!と思います。
西郷さんは、生涯、著書を残していない、これは、崇拝者や門弟などが、聞き取り残した物である。
 写真や自画像なども極度に嫌ったというから、上野公園にある像(この本の表紙も)の顔も実は違うらしい。
 自分を偉人とも思っていなかったそうであるから、その謙虚な人柄に、当時の人々は惹かれたのであろうと思う。現代の我々も、西郷さんを嫌う人の話はあまり聞かない。
この遺訓を現代語にし、さらに解説を加えたものが、本書の構成となっており、非常に分かりやすい。そして林房雄氏の解説が素晴らしい!当時の世相や状況、人物理解等の、非常に精通した林房雄氏には脱帽である。
「あ〜あの有名な西郷さんの言葉はこんな意味であったのか!」と新たなる発見をするであろうと、思います。

実吉


LinkIcon「大西郷遺訓」林房雄


救出―日本・トルコ友情のドラマ(児童書)

1890年、トルコの使節団が帰国途中難破。日本人は献身的に救護し、生存者をトルコまで帰国させた。
1985年、イランイラク戦争の際、イラン危険地帯に在住の日本人をトルコ航空機が救出、日本まで帰国させた。
トルコ人は95年も前の恩を忘れず、日本人を助けてくれた。本当の友好国とはどういう事なのか。


危険地帯からの救出は自国の責務であるにもかかわらず、外務省はついに航空機を一機もよこさなかった。
危険を顧みずトルコは日本人を助けてくれた。


トルコでは、1890年のこの事故と日本人の救助を今でも 小学校で教えている。トルコの小学生の一番行きたい外国は日本です。
日本人はトルコのこと、さっぱり知らない。
本当に友好を築くべき国はどこなのか。日本にとって大切な国は沢山あるのに、、、、。


児童書です。小学中高学年なら一人読みできます。
また幼児には読み聞かせにもいいです。


日本の心 トルコの心 触れてください。
二国間の感動の実話です。
実吉


救出―日本・トルコ友情のドラマLinkIcon


「私は日本を守りたい」稲田朋美


和製サッチャーとの呼び名も高い、衆議院議員「稲田朋美」女史でありますが、まだ衆議院2期目でありながら、女性保守政治家としての注目度は非常に高い。
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私の考えている保守というのは、信義、誠実という価値を重んじる生き方、今生きている事について先人達に感謝し未来の世代のことを考えて生きる事です。保守とは特別のことではありません。家族と地域共同体に価値を置き、真面目に生きる人々の生活を守ることが、私の言う保守です。今さえ良ければよい、豊かでありさえすればよいというのではなく、豊かであると同時に日本の国柄を守る、そして今だけではなく、将来世代も安心して暮らせる社会をつくることが、保守であり、不道徳な政治と対決する有道、有徳の政治、道義大国を目指すという事です。(本文より)
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これだけの文章で、保守政治とはなにかを、簡素にかつ的確に捉えている!保守というと今では一つの主義あるいは、イデオロギーとして捉えられてしまっているが、そうではない。本来、保守はひとつの主張でもなんでもない。左右の主張が出てきた事に対して、所謂真ん中の、中道の考えであって、脈々と受け継がれてきた国柄そのままに生きる事だと思う。
日本の先人が積み重ねてきた伝統文化を継承し、大切なものは大切だと知って生きていく事だと思う。


稲田議員は保守政治衰退の中にあって、保守とはなにか、国柄とはなにか、まっすぐに捉え、政治に体現できる数少ない政治家だ。
民主党の不道徳さ、自民党の頼りなさ、ずばずばと言ってのける。
また、具体的に危険な法案や、崩れかかっている完全保障、誤れる歴史観にも的確に切り込んでいる。


日本に稲田議員のような政治家が主導権をもっていない事が今の国家の危機を招いた。
民主党のようなおこちゃま政治は一刻も早く終わらせねばならないと改めて感じた一冊である。

実吉
私は日本を守りたい-稲田朋美LinkIcon