ようこそ! 黎 明 教 育 者 連 盟 ホームページへ!


      生徒たちの声

教室や、寺子屋などに通っている生徒や親御さんの「声」をお届け致します。

乳幼児教室に通っているお母さんより


 
アゲハチョウの観察 
 
 
 
春のある日の昼下がり、玄関先の金柑にアゲハチョウが卵を産む場面に遭遇しました。それは米粒にも満たない小さな卵で、産み付ける瞬間を見なければきっと気が付かなかったことだろうと思います。
 
幼稚園から帰った4歳の息子に教えると、初めてみるチョウの卵をしげしげと見つめながら…
 
「なんでおかあさんはたまごあっためないんだろうね?」
 
「そうだねぇ。きっとおひさまがあっためてくれるから大丈夫なんだよ。」
 
子供の問いに感心しながら、せっかくなので枝ごと虫かごに入れて観察することにしました。
 
「もううまれたかな?」
 
毎日虫かごを覗いてはこれから何が起こるのか興味津々の息子。ほどなくして、これまた小さな赤ちゃん幼虫が産まれました。
 
「うまれた!小さいね~」
 
「よかったね。名前何にする?」
 
「うーん…毛虫だから…けむちゃん!」
 
けむちゃんは金柑の葉をモリモリ食べ、ぐんぐん大きくなりました。肉眼で形が確認できるくらいの大きさになると…
 
「おかあさん。この子、毛虫じゃないよ。だって毛が生えてないもん。」
 
「本当だ。毛虫というよりは、芋虫だね。」
 
「じゃあいもちゃんに名前かえる。」
 
いもちゃんは何度か脱皮を繰り返し、それまでの黒い幼虫から緑の立派な幼虫へと成長しました。
 
「いもちゃんいつちょうちょになるの?」
 
「もうすぐかな。大きくなったね。」
 
「はじめはこーんなにちっちゃかったもんねぇ。」
 
「そうだね。でもあなたもこーんなにちっちゃかったんだよ。知ってた?」
 
「そうなの!?ほんとのほんとに!?」
 
「ほんとだよ。いっぱい食べて大きくなったね。」
 
その後、幼虫は図鑑で見た通りにさなぎになり、2週間ほどを経て羽化しました。その生まれたばかりのアゲハチョウの美しかったこと…。
 
「おかあさん、いもちゃんがあげちゃんになった。」
 
「なったね。すごいね、きれいだね。」
 
「もう飛んでいっちゃう?」
 
「うん、でも女の子だったら卵生みに帰ってくるかもね。」
 
「やったー。ぜったい女の子!」
 
羽を乾かし終えたら飛び立てるよう、元の金柑の木に移してやると、数時間後にはいなくなっていました。私はまるで我が子を巣立たせたかのような気持になり、感激もひとしお。幼いわが子もきっと、命の不思議と尊さを肌で感じてくれたことと思います。
 
そして夏のある日の午後…。
 
「おかあさん!あげちゃんがきてる!」
 
「本当?卵生みに来たんじゃない?見ててごらん。」
 
ひらひらふわふわと舞うチョウを静かに見守っていると…
 
「生んだ!!」
 
あのアゲハチョウかどうかは分かりません。
 
けれど命は繋がって行くんだということを教えに来てくれたような気がします。よく見るとほかにもたくさん産み付けられており、今我が家では7匹のいもちゃんを飼っています。家族全員で飽きもせず毎日観察し、日に日に大きくなる姿を感動と共に楽しんでいます。
 

寺子屋青葉に子を通わせている親御さん

 
平成27年度 
― 寺子屋青葉へ通う一年を振り返って ―
 
 
 
 
 
本塾寺子屋青葉に通わせていただいている二人の娘のうち、長女が今年度で卒業する事と相なりました。小学三年生の入学時と比べ、随分と身体も大きくなりました。いつの間にか母親の身長を超え、子の成長は早いものだとつくづく実感する次第であります。この数年来、坪田塾長をはじめ、他の先生方には日頃格別なご指導を賜り大変お世話になりました。こころより御礼を申し上げます。
 
 
 
寺子屋青葉で学んだ事を振り返りますと、通常授業では論語素読、教育勅語暗唱ならびに古事記神話紙芝居、書道に工作、和歌創作と多岐に亘る授業が展開される他、季節に応じて野外での青空教室や、新嘗祭には明治神宮、正月には皇居への一般参賀等々、現代における文部科学省主導の公教育ではけっして学び得ないものばかりを身をもって経験させていただきました。これらすべての知見・実経験は、きっと子供達の心根に滲み込み、血肉となって、おおいに今後の人生に役立っていくものと確信しております。
 
 
 
さて、現代における公教育と寺子屋青葉での教育、なぜこれ程教える内容に差異が生まれるのでしょうか。そもそも教育の目的とは何でしょうか。
 
 
 
子供には自由に、極力負荷を与えず、何事も子供の目線で今何を欲しているかを大人達が逸早く察知し提供する事。将来市場競争で打ち勝ち、世界と渡り合える国際人となるためのグローバル人材育成のために幼少期からの英語教育の導入を図り、また在日外国人への配慮を忘れず、同じ人間として、同じ日本列島に住む「地球人」として、平等かつ差別なき人権教育の強化に努める事、である。
 
 
 
果たして正解でしょうか。一見、美辞麗句によって正しいように見えてきます。自由・平等・博愛を主眼に置いた戦後教育の精神が詰まった内容です。しかし、この文言から考察するに、教育とは国境のない「国際化」を目指した民間サービスの一種のように見えてきます。同時に、日本人は過去の過ちを償い、反省し、これからは未来にこそ目を向けるべきだ、西欧諸国、特に米国のいう事に全ての答えがある。我ら日本人は彼らに比して劣っているから時代に乗り遅れないよう米国から一挙手一投足指導してもらわなければならない、といった雰囲気をどうしても伝わり感じてしまうのです。
 
 
 
本当に日本人は欧米人より劣っているのでしょうか。日本はアジアにおいても無数の偉人を輩出してきました。江戸末期で識字率が八割を超えており、それ自体、驚くべき数値であるといえます。当時の日本人は文字を読み、書いて表現をし、一人ひとり思考を巡らし生活していました。よく議論を交わし、誰かの模倣ではなく、各人の考えを持ち合わせていました。福澤諭吉の言を拝借すれば、すなわち「一身独立」が貫かれ、多くの日本人はそのような姿勢で思考様式を捉えていたように考えられます。
 
 
 
最初の問いに戻りますと、教育の目的は、「自立」させる事、自立させるために援助する事であると考えられます。英語を学び世界に「我が国日本」を発信すべく国際人となる事自体に異論はありません。但し、「世界を知る日本人」ならばいざ知らず、「無国籍的なニッポン人」の公教育による大量生産となれば、現状での教育自体にいささか懐疑的にならざるを得ません。
 
 
 
教育の目的とは、つまり「自立」させる事を目標に置く事を念頭に、けっして子供に「自由」ばかりを提供するものでも子供の欲求を満たす事でもないのです。自由には責任が伴い、権利には義務が生じます。片面の良いところばかりを見せつけ、ある種、人参をぶら下げたようなしつけや指導ではなく、子供には両面をしっかり伝え、全うさせる事ではじめて社会性が身につき、真の「自立」への第一歩が踏み出せるのです。
 
 
 
かの吉田松陰の松下村塾では、松陰自身、明確に教育の目的を掲げております。君主と臣下の守るべき道を遵守する事(君臣の義)、人並み外れた優秀な人材の育成(奇傑非常な人)、日本と外国との違いを明確にする事(華夷の弁)とあります。これら目的が日本人の精神性を涵養し、かつ「自立」こそが教育の根幹にあった事が示されています。現代の公教育は果たして、何人を育て、そして我が国をどのような国家にしようとしているのでしょうか。私達一人ひとりが真剣に考え取り組んでいかねばならない問題であると思います。
 
 
 
最後に、拙い未熟な持論を述べさせていただきましたが、この度大恩ある先生方への万謝の意を込め、本文に代えさせていただきたく存じます。来年度も引き続き次女がお世話になります。変わらず、ご指導ご鞭撻の程宜しくお願い申し上げます。
 
 
 
                                           
 
平成28年4月9日 
 
 

寺子屋青葉に通う 一年女子

 
平成27年度 感想文
 
 
一年かんてらこやにかよって
 
 
 
 わたしはきょういくちょくごをおぼえることができました。
 
 かくれんぼするかえるかなのろうどくがたのしかったです。
 
 ほかにはこうさくとうたがたのしかったです。
 
ことしはおねえちゃんをぬかせるようにがんばります。
 
 

寺子屋青葉に通う 6年女子

平成27年度 感想文
 
一年間寺子屋で学んで
 
                   六年 池田絢那
 
 私はこの一年間寺子屋で学んで、学校では習わない事をたくさん知りました。たとえば歴史、学校ではそんなにくわしくはおしえてくれないし、まちがった事をいっている事もあるから、寺子屋で正しい事を教えてもらって良かったです。
 
 あと歴史を知る事で日本の事を多く知ったのでよかったです。
 
 ほかにも「かみしばい」「工作」「歌」など勉強になり楽しかったです。
 
私は今年で寺子屋を卒業しますが、中学校でもここで勉強した事をいかしてがんばっていきたいと思いました。
 
 
 

親子寺子屋に通う 幼児男子

平成27年度 感想文
 
 
ろけっとのはなしすごかった。ぱそこんでみたうちゅうすごかった。
 
ひゃくにんしゅたいかいたのしかった。
 
                    
 

親子寺子屋に通う 幼児

平成27年度 感想文
 
 
てらこやに一ねんかんかよいました。おともだちもいます。じんじゃにいったり、うたをうたったりしたのがたのしかったです。
 
いろいろなことをいっぱいしました。
 
これからはえがおでやさしいいちねんせいになります。
 
              
 

親子寺子屋に通う 2年女子

平成27年度 感想文
 
 
わたしがれいめいで一ばんこころにのこったことは、百人首をやったことです。
 
わたしはきょねんとことしこどもの中で、一ばんだったので、こんどは大人にもかちたいです。
 
来年はもっととれるようにがんばりたいです。
 
 寺子屋に通った一年、とても楽しかったです。
 
 
 

親子寺子屋に通う 親御さん

平成27年度 感想文
 
 
娘と電車に乗って通いました。思ったより余裕があったり、遅刻しそうになって走ったり、雨にも負けず風にも負けず頑張りました。
 
 娘は君が代を歌えるようになり、「八紘一宇」の言葉を覚えました。日本の良さを感じて育っていることが嬉しいです。
 
 先生方には普段生活しているだけでは気付かない沢山の事を教えて頂きありがとうございました。
 
 
 

親子寺子屋に通う 親御さん

平成27年度 感想文
 
 
一年間、ありがとうございました。
 
今年は紘希も参加させていただき、一諸に学ぶことができて良かったです。
 
 ロボットの話もとても興味深く、大変勉強になりました。
 
 今年は野菜作りのイベントと重なり、お休みが多かったのですが、来年はお休みなく参加したいです。
 
               
 
 
 

乳幼児寺子屋に通う 親御さん

 
 
平成27年度 感想文
 
                   
 
一年前、乳幼児寺子屋に通い始めた時、私はまだ神奈川に引っ越してきたばかりで、友人もおらず、子育てに漠然とした孤独とプレッシャーを感じていました。また遠くに住む友人や親せきで子育てをしているお母さんは皆仕事をしながら、子供を育て、私のように完全に家庭に入っている知人は一人もおりませんでした。たまに主人の実家に帰ると「保育園へ入れろ、働け」と言われ肩身の狭い思いをしていました。自分の子は自分で育て、出来る限りの愛情を注ぎたいという思いはなかなか伝わりませんでした。
 
しかし、乳幼児寺子屋へ入り、はじめて自分の思いが肯定されました。先生から「礼子ちゃんはお母さんの愛情をいっぱい受けているわね」と声を掛けていただけたときにはやはり自分は正しかったと、思わず涙ぐんでしまいました。
 
寺子屋で出会えたお母様方は国や家庭の事を考え、素晴らしい方々だと尊敬いたしました。自分もそうありたいと思いました。寺子屋の勉強内容は今までなじみのなかった古事記でしたり、和歌でしたり、難しく感じるときもありましたが、日本人の教養としてしっかり身につけていきたいと思いました。坪田先生は常々「旦那様を大切にしなさい」とおっしゃっていましたが、最初はちっとも出来ていませんでした。正直なところ主人には申し訳ないのですが、疎ましく思っていた時期もありましたが、少しずつ見方を変えて今では先生のおっしゃっていることに少しは近づけたかなと思っています。まだまだ努力が必要だと思います。
 
娘は先生方やまこちゃんが大好きで仕方ないようです。毎回とても幸せそうな笑顔を見せてくれます。一年前は駅までベビーカーに乗っていたのが今では駅までの距離を歩けるようになりました。
 
ドレスに目覚めたり、家のお掃除やお洗濯を手伝ってくれるようにもなりました。今年はどんな成長を見せてくれるのか楽しみです。私も母として妻としてまた一人の人間として、沢山の成長が出来るように学んでゆきたいと思います。
 
一年間皆様には大変お世話になりました。どうぞまた一年間宜しくお願い致します。
 
 
 

乳幼児寺子屋に通う 親御さん

平成27年度 感想文
 
                     
 
 いつも素晴らしいご講話で学ばせていただきありがとうございます。
 
 長男が六ヶ月のときにご縁あって以来、飽き性であれこれてを出しては長続きしないという性格でありましたので、もう四年も経つことに驚いています。
 
家庭におきましては、いつも三歩進んで二歩下がる、といった状態で、時々四歩も五歩も下がりそうになるのを、この寺子屋に通うことで踏み留まっていると感じています。
 
 私事になりますが、夫がこの二月から研修で海外へ行っております。元々別の人が行く予定だったものが、事情により行けなくなったとのことで、急遽夫に話が回ってきました。本来ならば、もっと若い世代が行くべきところを少しでも多くを得て來るであろう人材をという会社の方針により、主人に白羽の矢が立ったものだそうです。今年度は難関の国家資格も取得し、会社での研究の成果も評価も他の人を圧倒し、私は世界一の夫を持ったと幸せに思っています。
 
そんな夫はいつも何かあるたびに「家族のお蔭だよ」「子供達をちゃんと育ててくれてありがとう」と私に言います。私は寺子屋で何年も学んでも、未だ充分に伝えられていないというのに、反省と同時にやはり夫を尊敬せずにはいられません。
 
子育てについても、至らない面が多く、余計な口を出したり干渉してしまったりで、縷々反省することが多くあります。ですが四年も通っていれば、やはり先生方が何度も口になさることは心に残っていくもので、口を出したいところをぐっと飲み込んでみる、そして坪田先生ならどうなさるかな・・・・加納先生なら何とおっしゃるかな・・・・そう一度考えを巡らせる余裕がほんの少しだけ持てるようになってきました。
 
私は十代の頃から、この世のすべてを知りたいと思っていました。それは今でも変わりませんが、“すべてに神が宿っている。あなたも私も神の子である”という真理を知る事で、自分の人生が大きく前進したと確信しています。子育てでも、人間関係でも国や世界の事であっても、それが土俵であり根幹であると信じます。ですから、子供のことで迷ったり、例え夫婦げんかしたとしても、それは枝葉の最先端の全く取るに足らない問題で、良い土壌に良い根をはらせ、良い言葉の雨を降らせば必ず大きな実がなるのだと思っています。
 
正しい道筋を照らし続けてくださる先生方に感謝すると共にこれから先は実践実践また実践で身を修めていきたいと思っておりますので、これからもご指導よろしくお願い致します。
 
 

乳幼児寺子屋に通う親御さん

 
平成27年度 感想文
 
 
一年を振り返って
 
                    中村智子
 
今年度は、紘希が幼稚園に通い始め、私一人の参加でしたが、まこと君やれい子ちゃんのエネルギーあふれる姿に、いつも元気をもらっていました。
 
また、先生方の講話では、家庭や子育てにおける知恵や日本のすばらしさを学び、日本人として生まれた自分に誇りを持ち、知恵を生かして幸せな家庭生活を送ることができたことを感謝しています。そして、そんな私を通して、周りの友人たちや、弟のお嫁さんもだんだん教えに興味を持ち始めるようにになりました。来年度は、その方々の中から仲間が増えたらいいなと思っています。
 
一年間ありがとうございました。
 
 
 

寺子屋青葉に通う 5年男子

平成25年度 寺子屋青葉に参加して
 
 一月の書道で「祝日」と書きました。一画書いて失敗したと思ったけれど「大丈夫、これを生かして最後まで書きましょう」と言われ、思いっきり書きました。先生から「あきらめずに、最後まで書いて、すごい字が書けたね」ほめてくれました。とても嬉しかったです。
三月の学校の音楽の授業で「君が代」を歌うテストがありました。ぼくは、寺子屋で毎回歌っているので、すぐに合格できました。
六年生の卒業式では、大きな声で歌いたいと思います。
これからも寺子屋でいろいろな勉強頑張ります。

寺子屋青葉に通う 4年 女子

平成25年度 寺子屋青葉で学んだ事
 
私は寺子屋に通って色々なことをおしえてもらいました。たとえば、神話紙芝居です。紙芝居では、神様の名前などたくさんおぼえることができました。ほかにも書道もやりました。書道は筆の持ち方書き方を先生におしえてもらいました。先生に教えてもらってうまく書けるようになりました。私は特に毎回寺子屋でやっているすわり方で、最初はきれいにすわれなかったけどしだいにきれいにすわれるようになりました。せいざも長くできるようになりました。
 私もしょうらいは、おしえてもらったことをおしえてあげる人になりたいとなと思いました。

寺子屋青葉に通う 幼児 女子

平成25年度 てらこやあおばでまなんだこと
    
 わたしが一ばんたのしかったのが、こうさくとしょどうです。
 こうさくはいろいろつくるのがたのしかったです。
 しょどうはかくのがたのしかったです。

寺子屋青葉に子を通わせている 親御さん D.Yさん

 
平成25年度 修了式にあたり
 
 今年度は、学校の行事などが重なり、寺子屋には半分の回数くらいしか参加することが出来ませんでした。休む会が多くなると行くのを嫌がることもありましたが、こうして二度目の終了式を迎えることが出来、親子共にホッとしています。
寺子屋では、正隆は特に書道が好きなようです。最初は正座をして書くことに慣れていなくて、筆の運びがうまくできませんでした。が坪田先生が「正隆君ならできる。絶対にできる」と言い続けて下さり、少しずつ好きになっていきました。
又先日学校の音楽の授業で卒業式に歌う「君が代」のテストがありました。毎回寺子屋で歌っている正隆は自信を持って歌うことができ、早々に合格することができ、とても喜んでいました。
寺子屋では、学校では学ぶことのできない、日本の神話やご皇室の事を学ぶことができ、正隆には難しいことも多いようですが、必ずや心に残っていることと思います。これから歩む正隆の人生に大きな力になることと信じています。四月から正隆は六年生になります。後一年ですが、この寺子屋で親子共に精一杯学びを深めていきたいと思います。これからもご指導をどうぞよろしくお願いします。

寺子屋「青葉」子を通わせている親御さん I.Nさん

 
平成25年度感想文「寺子屋青葉」で学んだ一年間について 
 
「寺子屋青葉」教室にて、この一年間多くの事を学ばせていただきました。坪田塾長並びに他の先生方には、わが国伝統に則し培われた礼儀作法や教えをご教授いただき、今後ますます必要とされるであろう、現代日本人として生きるための実学を親子共々学び得られたように感じております。
 今年度から長女に加え、次女も本教室でお世話になりました。一年間を振り返るとその成長に驚かされる場面が日常で垣間見えます。目上の人、友人への挨拶や学習に対しての意欲、物事を遂行する自主性等、少しずつではありますが、その変化は親として顕著に確認することができました。姉妹共によく遊び、よく学び、次女ができないところがあればそれを補うかのように自然と長女が次女に寄り添いサポートする、そのような自己より弱い者を支え労り、人へ気遣うことのできる他者配慮性、すなわち、日本人の本質ともいえる徳性が身に付き始めたように感じ取ることができるようになりました。これも偏に先生方のご指導の賜物であり、感謝の念に堪えません。誠に有り難うございました。
 現在の教育現場では、国旗国歌への尊崇の念の欠如が著しく、教科書からは「皇室」「祖国」「愛国」「孝行」等々の語句は消し去られ、代わりに「人権」「平和」「自由」「権利」が台頭しています。児童に対し元来の祝祭日の意味や由来を教えることもなく、説明しない、説明できない、説明すべきかの意識すら抱くことのできない教員達で埋め尽くされています。
漢字は学年毎に配当表で厳密に区分けされています。つまり、大人が子供の理解する力、学ぶ力に制限を設けているのです。例えば本教室で行われている教育勅語等の音読は小学校では実質指導として扱うことは不可能というのが現状です。江戸時代、寺子屋教育の基本は、百字の文章を百回読むことでした。難解な漢字もこの学習方法によって当時日本の識字率は七割から八割に達していました。同時代の欧州先進諸国の識字率はわずか二割から三割と極めて低率であることに比べれば、この事実からわが国の教育基盤は寺子屋が底辺から担い支えていたことの証左であると考えられます。子供達は意味が解らずとも、先ずは難解な漢字に音読・素読により触れ、気負わず学ぶ基本姿勢の土台づくりの涵養こそが最も重要であると考えます。
さらに、現在は英語科目履修の低学年化が進み、英語を話すことができれば国際人だ、グローバル人材になれるといった浅はかな風潮が社会的に蔓延しています。英語ビジネス産業も活況を帯び、幼少期に英語を習わなければ国際社会に乗り遅れるといったイメージづけに浸されています。母国語習得のための根幹である国語は授業時間を大幅に削減され、英語が重んじられる傾向が明白です。国際人をつくる、グローバル人材の創出を善と謳う文部科学省、教育委員会に問いたいのは、真の国際人とは、自国の何を知り、いかに伝えるべきかを心得え内包しているか、であると考えます。自国の歴史・文化・伝統を知ってこそ、他国の人々から尊敬され、他国の良さが見えてきます。決して自国音痴な上辺だけの英語さえ話すことができれば、それで「国際人」という訳ではないのです。
将来を担う日本の子供達の教育をそのような思考・法基盤で大人達が「教育」という美名の下に実践されています。この現状の危機感をいち早く感知し、先ずは国家百年の計たる「教育」から早急に着手していく必要があると考えます。そのためにも本教室で行われている寺子屋教育のカリキュラムや指導法に倣い、現代の教育現場に活用する術を真剣に考える時が来たのではないでしょうか。
 「寺子屋青葉」教室の先生方へこの一年間の謝意を本文に代えさせていただき、次年度も引き続きご指導の程、何卒宜しくお願いいたします。
        平成二十六年三月十五日

乳幼児寺子屋に通う 親御さん T.Kさん

平成25年度感想文「乳幼児寺子屋」に通って」
 
乳幼児寺子屋に通って二年になります。
十月に二男が生まれ、子供が一人増えると苦労は倍以上なのだなあとしみじみ思いながら日々生活しています。 子供の成長には目を見張るものがありますが、私が一番驚いているのは、自分自身が日に日に変わっているということです。
 夫にただ一言、「はい」ということがなぜこんなに難しいんだろう。最初の頃はつい不平不満が口をついて出てしまい、あぁまた「はい」と言えなかった。と後悔する事ばかりでした。それが今では、意見は言うことはあるものの、最終的には「はい、あなたの言う通りです。」と素直に従うことが出来るようになり、むしろそれが楽しくさえ思えてきました。
 私は人生に於いてよく間違えるし、大事なものを落として無くすことも多いし、あの時ああしていればなあと後悔も多かったのですが、よく考えてみれば、夫と知り合って十年来、夫が間違ったことを言ったためしがないのです。
この先も、夫婦の事、子供の事で選択しなければならない場面がたくさんあると思いますがよく考えもせず、感情論で反発したりすることはもう二度とないだろうと思います。
 寺子屋に行くたびに、夫には「はい」夫には「はい」と坪田先生は口を酸っぱくしておっしゃいました。本当にただそれだけのことで、こんなに円満に行くんだと実感し驚きと喜びの日々を送っています。
 子供の事で思い悩んだこともありました。
 成長期なのだとは分かっていても、私の言うことをすべて頑なに拒否する長男にイライラしたり、強い口調で叱ってしまったり、突き放すようなことを言ってしまったこともありました。その度に落ち込んで、次の寺子屋で先生に相談しよう、と思って行くと、朝の会や講話の中で先生がまるで推し量ったように、子供への接し方を指南して下さるのです。今まさに私が悩んでいたことを。
 「自我が芽生えてきているのね、お母さんが大好きなのね」と言われ、いつもはっとさせられます。母親の私が見失いそうになっているものをちゃんと見つけて私の目の前に戻してくださる。そして私は又、あぁこの子たちは神の子だった、何にも心配することはないんだと思い直すのです。
 素晴らしい日本の心を持った子供を育てるためには、親がその模範にならなければなりません。
 日本人の保守化が取り沙汰される昨今ですが、そもそも保守とは旧来の風習や伝統を守って正しい状態を維持していくことです。そして日本人のあるべき姿、西洋文化に惑わされない本質を唯一学べる場所がこの寺子屋なのです。私はこの寺子屋に通えることを誇りに思います。これからも一生懸命に学び、少しでも多くのことを子供たちに、伝えていけるよう努力したいと思っていますので、これからもご指導のほど、よろしくお願いいたします。

親子寺子屋に通う 親御さん Y.Sさん

平成25年度感想文「親子寺子屋に通って」
 
塾長先生はじめ先生方、今年度もお世話になりまして誠にありがとうございます。
 昨年は出雲大社・伊勢神宮ともに遷宮の年でしたので、寺子屋でも遷宮にまつわる多くの勉強をさせていただきました。学びを深める内に徐々に遷宮への思いが強まり、お陰さまで念願叶い十月伊勢神宮、十二月には出雲大社へと参拝してまいりました。伊勢神宮では大変有難いことに秋篠宮殿下にもお目にかかることができました。出雲大社は初参拝でしたが、神話の世界そのものが目の前に広がっており大変感激いたしました。
 このように参拝することができましたのも黎明親子寺子屋での学びがあってこそだと思っております。先生方、本当にありがとうございました。
 四月からは息子も小学校へ入学いたします。教育のあり方を考えさせられる機会も増えることと思います。
 引き続き寺子屋にて、日本の伝統・文化・歴史を学ばせていただき、日本人としての自覚をより一層強めて、子育てに又社会に関わっていきたいと思っております。
 先生方、来年度も何卒宜しくお願い致します。

親子寺子屋に通う 親御さん K.Aさん

平成25年度感想文「親子寺子屋に通って」
 
 この親子教室に通わせて頂いて早三年目となりました。最初は四歳で入学した娘も六歳となり、教えていただいた内容も少しずつ理解を示すようになりました。来年度小学校に入学しますが少しの不安もなく明るい気持ちで迎えられることができるのは今までの先生たちのご指導のおかげだと感謝しております。日々生活をしていて少々内気なところがある娘ですが、幼稚園や習い事では積極的に手を挙げて発言するなど親が驚く行動が多々あり、「さて、これはどういうことか?」と考えた時にふと毎回親の授業で朗読する『児童教育に関する神示』を思い出しました。「子供を尊敬して〜」という部分。この教室の先生方はいつも子供を子供扱いせず『尊敬』してくださっているからこそ、子供も安心して勉強できているのだなと改めて感じました。私自身はつい忘れがちなので反省しつつ、また新たな生活に臨みたいと思います。三年間本当にありがとうございました。

親子寺子屋に通う 親御さん T.Cさん

 
平成25年度感想文「親子寺子屋に通って」
               
 四年前、坪田先生から親子教室の事をうかがい、「子供も親も学べる」ということで、興味を持ち参加しました。最初は古事記朗誦もできず、目で文章を追うこともできませんでした。また塾長先生のお話も何となく聞いているだけでしたが、回を重ねるごとに、ここでは本来日本人が知っておくべきこと、やるべきことを教えてくださっていることに気付きました。そのことがわかってからは子供より私の方が通うのに夢中だった様な気がします。
 毎回必ず作る和歌。最初は、和歌を作るために景色を見たりしていましたが、今では景色を眺めると和歌を考えるようになりました。また皆でうたう季節のうたはどれも私が小さい頃から歌っていたなつかしいもので、昔のように高い音は出なくなってしまいましたが、楽しくうたうことができました。加納先生の紙芝居も、子供にわかりやすく、親の私も子供にかえった気持ちで聞き入りました。季節の行事ではその由来を知り、親子教室に通っていなければ知らずに過ごしてしまっていたことがたくさんありました。毎回、毎回本当に学びの多い楽しい時間でした。そしてあっという間に四年という月日がたってしまいました。
 三月十五日、子供の卒業式がありました。卒業証書を受け取る時、名前を呼ばれ誰よりも
大きな声で返事をした姿を見て、四年間親子教室に通った成果だなと思いました。親である私は四年間で何か成長できたことはあるのかと考えると、自信はありません。
 まだまだこれからも学びたいことがたくさんあります。今日で卒業となりますが、今後も機会があれば皆さんと一緒にお勉強させていただきたいです。
 先生方には本当にありがとうございました。先生方のご健康と黎明親子寺子屋のますますのご発展をお祈りし、私の感想文と致します。

親子寺子屋に通う 年長 男子

平成25年度感想文
 
かみしばいがたのしかったです。ぼくはたたかいがすきなので、やまたのおろちがおもしろかったです。
 ようちえんのそつえんしきでは、せんせいにおじぎがじょうずといわれました。きみがよもうたいました。  
 しようがくせいになったらたくさんおべんきょうしたいです。たしざんとりかがたのしみです。日本というかんじがかけるようになりました。

親子寺子屋に通う 年長 女子

平成25年度感想文
 
このきょうしつでいちばんたのしかったことは、しょうわきねんこうえんにいってみんなとバーベキューをしたことです。あといつもりょうくんとあそべてたのしかったです。
 いちばんたのしかったじゅぎょうは、しばたせんせいの三種の神器のおはなしです。

親子寺子屋に通う 六年男子

平成25年度感想文「四年間の親子教室(寺子屋)を通じて」           
 
 最初の教室は六本木から始まって二年間遠くへ勉強しにいくのが楽しみでした。メンバーは三人しかいなくて静かだと思っていたけれど、元気な二人がいて楽しかったです。
 地区センターにいくようになってメンバーが増えて、歴史のことに興味がわきました。学校では、友達とよく話をして仲よくなり、歴史の授業が楽しくよくわかるようになりました。
 今日で親子寺子屋は卒業ですが、今まで楽しく学べてよかったです。四年間ありがとうございました。

 

 

親子寺子屋に通う Y・Sさん

 
 黎明親子寺子屋には昨年9月より入学させていただきました。
昨年幼稚園に入園した息子も慣れ始めたこともあり、何か日本の伝統文化が学べるお教室に通わせたいと思い、インターネットでこちらのお教室を知りまして、少し遠いのですが思い切って通うことにしました。
 まだ半年余りではありますが親子でたくさんの学びがありました。
息子は特に天照大御神の御神勅が暗唱できるようになったことが嬉しいようで、今は教育勅語なども練習しています。
私は普段学びたくてもなかなか機会のない古事記のお勉強が難しいながらも日本のことを知るよい時間になっております。
 2時間の間にお作法や伝統文化等盛りだくさんの内容で感謝しております。
息子は勿論のこと、むしろ親のほうが学ぶことが多く毎回楽しみながら通わせていただいております。
来年度もどうぞよろしくお願いいたします。

親子寺子屋に通う T・Cさん

今年もいろいろなことを学びました。校長先生が朝礼で話してくださる季節や行事に日本のすばらしさを感じ、私なりに二十四節の本を読んだりしました。又和歌を作るためにと思い、自分のまわりの様々な事(花、緑、空、人、物などなど)を一生懸命見ることで、今までと違った感じ方ができるようになりました。月に二回の親子教室に通うのがとても楽しかったです。
まだまだ学び足りないことがたくさんあるので、これからもよろしくお願いいたします。
 先生方一年間ありがとうございました。

親子寺子屋に通う 5年男子

ぼくは親子教室に2年間来ていて、今年一番心にのこった事はにいなめさいでした。去年より舞が長く感じてつかれました。そのあとはみんなであそび楽しかったです。
今日で親子教室の一年分が終わりだけど、四月からまた親子教室で、今年よりももっと学習してがんばります。
 

親子寺子屋に通う 5歳女子

友達と遊べて楽しかった。
聖徳太子の絵がうまくかけなかった。
いなばの白うさぎの紙芝居がおもしろかあたけど、少し怖かった。サメに皮をむかれたところが・・・
来年はもっと上手に紙芝居の絵を書きたい。和歌をもっと字をおぼえて自分で書きたい。

親子寺子屋に通う K・Aさん

親子教室にお世話になって早二年になります。去年よりもさらに日本のことを学べてうれしく思います。
 いつも講話を聴いて目の覚める思いがするのですが、特に古事記の講座は去年よりもより素直に自分の中に入っていく思いがしました。最初は文章が難解なこともあり難しい、取っつき難い、という印象が拭えず説明を聞いて納得はするのですが、自分にどこかなじまない気がしてなりませんでした。しかしこの一年の古事記講話を受けて、いつも子供に読み聞かせをしているお話が現実に今生きている私たちに如実に関わっていることを感じるようになると、とても素直に古事記を学ぶのが楽しくなりました。いつもわかりやすく教えて下さる校長先生に感謝をすると共に講師の皆様の暖かいご支援、ご指導に深く感謝いたします。ありがとうございました。

親子寺子屋に通う 5歳男子

一年を振り返って
 天照大神の御神勅が言えるようになりました。いっぱいべんきょうしてがんばりました。

乳幼児寺子屋に通う M・Rさん

乳幼児教室を終えて
 
 
私自身、日本の伝統文化の素晴らしさに気付いたのは社会人になってからでした。
子供を授かってから、どう伝えていけば良いのか悩み、そしてお教室に参加しながら、私自身もいろいろと学ばせていただきました。
二人の子育てにおわれて、さらに長時間の電車の中で通い、正直なところなかなか大変でした。しかし、お教室に着いてからの子の様子(神の子標語など)を見ていると、その姿にとても嬉しい気持ちになりました。
私は、実は和歌を詠むことがとても苦手です。しかし、先生のお話を拝聴させていただいて、少しずつ“大変”から“好き”に変わってきているような感じがいたします。なかなか子供と離れる時間がないので、数十分でも落ち着いて和歌を詠むというのは貴重な時間でした。
 
また、【児童教育に関する神示】の「多くの母親は子供のことを余りに取越苦労するために・・・」という部分がとても印象に残りました。私はあまり子供に対して心配などしないほうですが、それでもふと不安がよぎるときに、この言葉を思い出して「子供を信じよう!」と意識して明るい気持ちで子供に接することが出来るようになりました。
 
これからもまた、寺子屋のお教室で、よろしくお願いいたします。
 

乳幼児寺子屋に通う T.Kさん

 
一年を振り返って
 
私はインターネットでこの乳幼児教室を知り、子供に小さい頃から君が代や日本の文化に触れ、大きくなってもそれを「当たり前」として生きてほしいと思い入学しました。
 ところが実際に勉強してみると、親の私の方が知らないことばかりで、無知な自分に驚くと同時に、義務教育とは一体何だったのかと、日本の学校教育に呆れる思いでした。
 私は子供を授かる前まで、いわゆる「自分探し」をずっとしていました。生まれてくる時代や国を間違えた、とか、何でこの世の中はこんなに生き辛いんだろうと、二十代後半まで本気で思っていました。
 そういう地に足の付かない感じというのは、真に国家観や宗教観の欠如に由来するのだということを、講話を聴いたり古事記の勉強をする内に気付かされました。それは空気の様に「当然あるが、なくてはならないもの」だということです。そしてそれを確信するにつれ、日本人を日本人でなくするどころか、人間であることの本質さえ奪おうとする学校教育、それに携わる教育者たちの罪深さに憤りを覚えると同時に、この乳幼児愛国教室の重要さ、素晴らしさを思い、ここに通うようになったのも神様のお導きであろうと深く感謝しています。
 私は学歴がなく、これといった特技も持たず、劣等感を打ち消すために虚勢ばかり張っていました。ごまかしごまかしで何とか生きてきたものの、「若さと元気で」というノリが通用しない歳になり、
通信大学でも行くか、資格でも取るか、どうしようと思い悩んでいた時に一(はじめ)を授かり、ここに通うようになりました。
 神の子標語で「私は神の子、あなたも神の子」とあり、はっと、目の覚める思いでした。「私は神の子、使命を持って生まれてきました」さて、私の使命とは?何だろうと一生懸命考えて、後にも先にも、先生の仰る通り、夫に仕える事しかないのだと思い至りました。そして日本のお役にたてる立派な子供を産み育てることだと。其の為に私は生まれてきたのだと。
 気の強い性格で夫と張り合ってばかりいたので、今更恥ずかしいやらバツが悪いやらで、なかなか「はい」と言えず大変ですが、先ずは何でも「ありがとう」から、そして良いところだけ見て気に障ったことはすぐ忘れるように心掛け、最近はめっきり言い合いも減ってきたように思います。
 この教室に通っていなければ、未だに悶々と世を憂いていたかも知れません。ご皇室に敬意も払わず古事記の意味も知ることもなく、せっかくこの素晴らしい日本に、しかも女性として生まれたにも関わらず、日本女性の何たるかも知らずに虚しく一生を終えたかもしれません。そんなことを考えると本当にぞっとします。そんなに残念なことはありません。
ですから、この教室で皆さんに出会えたこと、先生方に真理を教えて頂けることが本当に有難く、感謝の気持ちで一杯です。
はじめ(一歳)は最近「教育勅語」読もうかと言うと、ニッコリ笑って「観の教育」を持って来てくれます。先生の仰る通り、我が子は神の子天才です。
まだ触れ始めたばかりの未熟者ですが、これからも一生懸命真理を勉強し、日本人として恥ずかしくない妻、母になりたいと心から思います。これからもどうぞご教示よろしくお願いいたします。
 

寺子屋青葉に通う小学三年生 女子

 
寺子屋青葉で学んだ事
 
 寺子屋青葉は習字、工作を教えてもらいました。習字はさいしょはぜんぜん上手には書くことはできませんでしたが、先生におしえてもらい、すごく上手に書けるようになりました。
工作はわたしが大すきなきょうかなので、すごく楽しかったです。
 そのほかにも先生の話で、じんむ天皇のお話や天照大神の話がとてもよく分かりました
 わたしはしょうらい、かんごふになりたいです。でももっともっとたくさんべんきょうをして先生みたいになりたいです。
 先生これからもよろしくお願いします。

寺子屋青葉に通う小学四年生 男子

寺子屋青葉で学んだ事
 
 
 ぼくは小学校2年の2月から、寺子屋青葉に行くようになりました。
そこで、和歌や書道の勉強をしました。最初はなかなかうまく作れなかった和歌も最近は早く作れるようになりました。
 寺子屋の始まりの時歌う「君が代」は最初は歌えなかったけれど、大きな声で歌えるようになりました。
 これからも寺子屋で、いろいろな勉強をしていきたいと思います。

寺子屋「青葉」に子を通わせている親御さん I.Nさん

 寺子屋青葉で学んだ事
 
 寺子屋青葉に通い始めたのは主人の一言がきっかけでした。
「小学生の長女に昔の教育や伝統文化を学ばせたい」その言葉をきっかけに昨年7月から親子で通い始めたのです。
 国歌斉唱、教育勅語、和歌に百人一首と本来ならすでに学校や親から学ばなければいけない歴史や伝統文化を長女と共に、私も一緒に学ぶことが出来ました。
 年明けの百人一首大会では、子供以上に真剣にかるたを取ってしまうほど夢中になりました。
 娘が教育勅語をすべて暗記できた時には家族全員で喜びました。この集中して暗記ができたことに長女が自信を持ち、今後いろいろなことに挑戦してほしいと私は思います。
 美しい日本で美しく、女性らしい大人になってもらいたいと母から子供たちに夢を託します。

寺子屋「青葉」に子を通わせている親御さん I.Fさん

 「寺子屋青葉」で子と共に学んで
 
 昨夏から寺子屋青葉教室では長女がお世話になりました。この一年間、日本の伝統文化について多くのことを学ばせて頂きました。坪田塾長ならびに他の先生方にはご指導いただき心より感謝いたしております。有難うございました。
 本教室では、国家君が代を斉唱することから始まり、書道に和歌、童謡、神話紙芝居等さまざまなカリキュラムが実施されます。また、学外では新嘗祭の折には明治神宮祭事の参加、さらに天皇誕生日には皇居参賀へ赴きます。教室の内外を問わず、親と子がこのような体験を共有し、日本の大切な伝統文化に触れながら、涵養することができました。
 加えて、「教育勅語」「天照大御神」の御神勅の暗誦することが求められるなど、当初、わが娘にできるのかどうか心配でしたが、その懸念もすぐに払拭することとなりました。まず毎日毎日音読を繰り返し行い、徐々に書を見ずとも唱えるところが増えていきました。最後には娘が「お父さん、全部言うことができたよ」と嬉しそうな笑顔で知らせてくれました。子どもの記憶力・吸収力というものは大人の想像を大きく超えて、素晴らしい力が備えられているのだと改めて実感させられました。
 そもそもなぜ寺子屋へ行かせたいと考えたのかをお伝えしなければなりません。現在における学校教育で、国家君が代ひとつ歌えない子供がたくさん存在します。自国の誇る国家が歌えぬ、あるいは歌わせない、歌える環境を与えない「教育」が果たしてまともな「教育」と呼べるのか、そのような疑念と憂慮が本教室の門戸をたたく最初の動機となりました。日教組が悪い、文科省が悪い、確かにそのように思います。しかし、たとえ誰かの責任として擦り付けたとしても自分の子への第一義的責任は私たち、親であると考えます。寺子屋ではその大切な教育を与えてくれました。正しい歴史を認識する事、自国に誇りを持つこと、日本人として矜持を持つ生き方、
我が国において本当に守るべきものは何かを知る、それをこの寺子屋で学ぶことができたように思います。
 子育てはこれからも続きます。偏向した自虐史観教育から自らが脱し、本当の「日本」を顧みる教育こそ今求められていると考えます。のびのびと君が代を歌うわが娘の傍で、大きな期待と夢を抱きながら、先生方、次年度も変わらぬご指導、何卒よろしくお願いいたします。

寺子屋「青葉」に子を通わせている親御さん D.Yさん

 一年を振り返って
 
 正隆が、まだ一歳にもならない頃、青葉台で開催されていた「わらべ歌の会」に毎回参加していました。そこで歌う唱歌で、私の心は穏やかになり、正隆は気持ちがいいのか途中でよく眠っていました。
 それから八年後、坪田先生より寺子屋青葉のお誘いを頂き、昨年の二月より参加する事になりました。初めて参加した日は、暖かい日ざしの降りそそぐ立春の日でした。そこで神武天皇様のビデオを見、紀元節の歌を歌った時に、私の心はとても清々しくなっていくのが、はっきりとわかりました。
中学時代より、日本の国の素晴らしさを知り、折につけ学んできた私は、出産を経て我が子に伝える機会をずっと探していたように思います。ただ、正隆自身はお話が難しく正座も辛そうにしていましたが、先生方からほめていただくのが嬉しいらしく、参加する事を楽しみにしています。
 昨年の六月、寺子屋で絵画館に行きました。正隆はその中の明治天皇様がまっすぐに前を向かれ会議にご臨席されている絵に何か感じるものがり、印象に残ったようでした。また七月には、明治神宮の夜間参拝に行き、薄暗い中で神様の存在を何となく感じ取ってくれたように思います。そして十一月の明治神宮での新嘗祭参加と、昨年一年は、明治天皇様の御遺徳に心を寄せる機会を何度も経験させていただきました。明治天皇ご崩御百年祭という年に。
 また最初の頃に歌えなかった君が代は回を重ねるごとに大きな声で斉唱することができるようになりました。
学校では、なかなか学ぶことのできない天皇様を戴く日本の国柄を寺子屋で学ぶことで、きっとこれからの正隆の人生で自分自身を支える力になることと強く信じています。
 今後も、親子共々学びを深めていきたく思います。よろしくお願いします。