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コラム「日本の国柄 」



「漠然と存在する宇宙」と、それを感じ取ってきた古代日本人

日本の神話「古事記」の始まりはこうである。
「天地の始めの時、高天原になりませる神の御名は、天の御中主の神」
「生長の家」創始者であられる谷口雅春先生は、この一文をこう解釈しておられる。
「宇宙(現象世界)のはじまる前の創造神・天の御中主の神は、高天原(実相世界:天界)に偏在し、神の意識を天界に鳴り響かせていたである」
さらに、解釈は次のように進む。
「そして、神の響きの中から宇宙が生まれ、現象世界(物質より成る世界)が成立したのである※1」
 この一文を著者が初めて読んだとき、真っ先に思い浮かんだのが、佐藤勝彦先生(東京大学名誉教授)が提唱された宇宙のインフレーション理論であった。
 インフレーション理論では、宇宙の誕生について、真空の揺らぎ(波動の位相・周波数に微妙に生じる差)に触発されて宇宙が生まれ、生まれてから10のマイナス44秒後の急激な膨張(インフレーション)、さらに、10のマイナス34秒後のビッグバンを経て現在の姿に成長した、と、考えられている*2。
 まさに、神の響き(真空の揺らぎ)の中で今の世界(宇宙)が生じたという、神話の世界と最新の物理学の世界の融合をみた思いがし、宇宙の開闢(かいびゃく)を悟っていた古代日本民族の直観力に、筆舌に尽くしがたい衝撃を受けたのを憶えている。


 天地創造(宇宙の誕生)を、そのように捉えてきた古代日本人だが、そんな彼らをとりまく神々は、それぞれ役割はあれど、特別に存在意義を問われることはなく、その全てが、天界に遍満する天の御中主の神に帰結している。かの天照大神も、乱暴な言い方をすれば、伊邪那岐の神がただ顔を洗った時に生まれた訳で、特別に創意があって生まれたという訳ではないし、他の神々も、その誕生の経緯は似たり寄ったりである。言うなれば、「何となく」生まれ、「何となく」存在しているのが日本の神々の特徴であり、その代表格が、「何となく」偏在している天の御中主の神であろうか。
 最近、ディスカバリーチャンネルを視聴していたとき、ある宇宙ドキュメンタリー番組で、登場した宇宙物理学者達が口を揃えて唱えている言葉が印象に残った。曰く、「宇宙は漠然と生まれ、漠然と存在している」、と。
 その言葉と相まって、思い出したのが、過去に聴いた著名な物理学者が発した言葉、「宇宙の発現には神を必要としない」である(この言葉を発したのが、誰あろうスティーブン・ホーキング博士)。
 これらの言葉に含まれる科学者たちの思いは、概ね次のようなものであろうか。
「宇宙には誕生から存在に至るまで、神は存在しない」
 中世の教会による弾圧・偏狭な神学者の存在に辟易させられてきた欧米の物理学者たちの、反抗心に似た思いも、これらの言葉の中から感じることが出来る。
 もちろん、このような理論は、創造神を唯一絶対の神と崇める一神教の信徒たちには、到底受け入れられるものではないであろうが...
 ところが、現代物理学者たちが唱える「漠然と存在する宇宙」は、「何となく」存在・偏在している神々を感じ取ってきた日本人には、特に抵抗もなく受け入れることができる。何せ、日本の神々は、言い方を変えれば皆「漠然と存在」するのだから、それこそ宇宙の始まる前から宇宙が出来て後の現在に至るまで、いくらでも神々が存在できる。
 ここでも、「漠然と存在する宇宙」を、「何となく存在する神々」として認識してきた古代日本民族の直観力に驚嘆させられる。
 ちなみに、日本の神道にも似た宇宙観は、古くはインドのヒンドゥー教や仏教にも観られ、かつてカール・セーガン博士がヒンドゥー教の宇宙観についてテレビ番組「コスモス」で解説していたのを憶えている。
 進化論も含め、案外現代科学というものは東洋的な宗教観にマッチするようである。


 しかし、日本の神道・神話に観られる宇宙観(宗教観)で特筆すべきは、これが国家・社会のシステムとして現代まで生き続けていることである。
 それを最も顕著に現しているのが、言わずと知れた御皇室と天皇陛下の存在である。
 御皇室もまた、神代の時代から現代に至るまで、日本人の生活の中に「何となく」存在し、そして「何となく」敬われている。そのことが、権力闘争と国家の存亡を繰り返してきた他の国々の権力者と決定的に異なるところであり、かえって尊く、かけがえのない存在となっている所以なのである、と、宗教学者島田裕巴先生が、御皇室と天皇陛下の存在意義ついて述べている※3。
 この「何となく存在する」というのは、日本人の感覚でなければ解釈の難しいところだと思うが、そのような古代より続く日本人の宇宙観があったればこそ、神代に連なる系譜を今に引き継ぐ御皇室・天皇陛下を中心にいただく日本という国がこの世界に現されてきたのではないか、そんなふうに思えるのである。


 現在、世界には192の国家があると言われている。しかし、現在に至るまで2000年以上の長きにわたり存続・繁栄してきた国家は、日本を除いて他にない。
 その繁栄を支えてきたのが、古代日本人の悟ってきた宇宙観であると考えたならば、その宇宙観を記し伝えてきた神話とは如何にありがたく尊いものであるか、また、そこに素直に(直感を研ぎ澄まして)学ぶことが如何に大切なことであるか。日本の歴史を学び、また、将来の国の発展を願うほどに、そのことを強く思う次第である。 成瀬


※1 谷口雅春著「限りなく日本を愛す」
※2 アットホーム(株)「こだわりアカデミー」,「宇宙創生を解明する”インフレーション理論”」http://www.athomeacademy.jp
※3 別冊宝島「天皇のすべて」

いわゆる天皇の『人間宣言』について






昭和21年正月元旦、昭和天皇によって出された詔勅は、天皇の「人間宣言」と世間一般には理解されていますが、これは誤りです。正しくは『年頭、国運振興の詔書(新日本建設の詔書)』です。


五ヶ条のご誓文昭和天皇は、この詔勅の発表に際し、『五箇条の御誓文』を入れられる事を指示なされ冒頭に掲げられる事となったのですが、その真意は昭和52年の記者会見で以下に述べられている通りです。


(記者)ただ、そのご詔勅の一番冒頭に明治天皇の「五箇条の御誓文」というのがございますけれども、これはやはり何か、陛下のご希望もあったと聞いておりますが。
(天皇)そのことについてはですね、それが実はあの時の詔勅の一番の目的なんです。神格とかそういうことは二の問題であった。
それを述べるということは、あの当時においては、どうしても米国その他諸外国の勢力が強いので、それに日本の国民が圧倒されるという心配が強かったから。民主主義を採用したのは、明治大帝の思し召しである。しかも神に誓われた。そうして「五箇条御誓文」を発して、それがもととなって明治憲法ができたんで、民主主義というものは決して輸入のものではないということを示す必要が大いにあったと思います。
それでとくに初めの案では、「五箇条御誓文」は日本人としては誰でも知っていると思っていることですから、あんなに詳しく書く必要はないと思っていたのですが。
幣原(注・当時の首相)がこれをマッカーサー司令官に示したら、こういく立派なことをなさったのは感心すべきものであると、非常に賞讃されて、そういうことなら全文を発表してほしいというマッカーサー司令官の強い希望があったので全文を掲げて、国民及び外国に示すことにしたのであります。
(記者)そうしますと陛下、やはりご自身のご希望があったわけでございますか。(天皇)私もそれを目的として、あの宣言を考えたのです。
(記者)陛下ご自身のお気持ちとしては、何も日本が戦争が終わったあとで、米国から民主主義だということで輸入される、そういうことではないと、もともと明治大帝の頃からそういう民主主義の大本、大綱があったんであるという……。
(天皇)そして、日本の誇りを日本の国民が忘れると非常に具合が悪いと思いましたから。日本の国民が日本の誇りを忘れないように、ああいう立派な明治大帝のお考えがあったということを示すために、あれを発表することを私は希望したのです。(高橋紘『陛下、お尋ね申し上げます』文藝春秋刊)


私たち『国民(臣民)』は、民主主義を採用するにあたり、神に誓われた明治大帝の思召しを尊重なされた昭和天皇陛下の大御心こそ、このご詔勅で拝察すべきでありましょう。そして私たちが日本人として、「日本の誇りを忘れない」ように生きていくことが大切なのです。


またいわゆる「神格」否定とされる箇所は、次の通りです。


「天皇を以て現御神とし、かつ日本国民を以て他の民族に優越せる民族にして、延て世界を支配すべき運命を有すとの架空なる観念に基づくものに非ず。」(原文は、正仮名正漢字)


ここでは、日本の伝統的な神観念と異なる、他の民族に優越する民族で、世界を支配する運命を有する神という架空なる観念を否定しているのです。更にいえば、現身の天皇に、西洋的な絶対無謬神を重ねる見方を否定したとも言えます。


神道思想家の葦津珍彦氏は、『現御神』を次の様に説明されています。


「祭りこそは天皇の第一のおつとめである。(中略) この天皇の存在が、日本人の神聖をもとめる心を保って来た。この天皇を、日本人は現御神(現人神)という。現人神というのは人間でないというのではない。人間であらせられるからこそ、皇祖神への祭りを怠らせられないのである。天皇は、神に対して常に祭りをなさっている。そして神に接近し、皇祖神の神意に相通じ、精神的に皇祖神と一体たるべく日常不断の努力をなさっている。天皇は祭りをうけられているのではなく、自ら祭りをなさっている。祭神なのではなくして祭り主なのである。その意味では、人間であらせられる。けれども臣民の側からすれば、天皇は決してただの人間ではない。常に祭りによって皇祖神と相通じで、地上において皇祖神の神意を表現なさる御方であり、まさしくこの世に於ける神であらせられる。目に見ることのできる神である。だからこそ現御神(現人神)と申し上げる。」(葦津珍彦『日本の君主制』)


私たちは、日本人としてまず伝統的文化的な「神」観念を取り戻さなければなりません。そのためには、一人一人の人間が「神聖」な存在であることに目を向けて行く必要があると思います。『新日本建設の詔書』は、まさに『神国日本・皇国日本(祭祀の国日本)』の国柄と戦後日本及び日本人の在り方を考えさせるご文章と言えるのではないでしょうか。

教育勅語


○明治天皇と教育勅語○
今年平成22年は「教育勅語」煥発120年の節目の年です。教育勅語は明治天皇の格別の思し召しにより明治23年に煥発されました。明治天皇は680余年にわたって続いていた武門の政治、封建制度を改め、明治維新の大業をなしとげられました。明治維新を成し遂げた日本は急激に欧化主義に陥り、文明開化の名の下に、欧米のものは何でも優れているという風潮に流され、風俗は乱れ、道徳倫理は低下する一方でありました。(現代の日本と似ていると言われる所以はここにあると思います。)
明治天皇はこのような風潮を大変憂慮されておりました。
近代日本の建設に当たっては、特に教育の普及と道徳の実践について御心配になられ、政治に左右される事無く、軍政にとらわれず、哲学的難解をさけ、宗教的に一宗一派に片寄らず、国民の誰もが心がけ実行しなければならない徳目を挙げて、道徳の普及、教育の向上を熱心に望まれて、「教育に関する勅語」をお示しになられました。わたくしたち国民の、永遠不変の道徳教育の基礎ともいわれます、親子兄弟、夫婦、友人間の人倫、謙遜、博愛、知徳の修得、道義的人格の完成、社会的義務等を勅語にお示しになった御心は、いかに時代が変わっても、本質的にはいささかの変わりもないと感じます。私たちが歩まねばならない道しるべとして、その徳目を実践して立派な人となり、平和な家庭を築き道徳的な社会作りに努力したいものです。

教育勅語の 十二の「大切なこと」


一、 親に感謝する           七、 知徳を磨く
「お父さん、お母さん、ありがとう」  「進んで勉強し努力します」


二、 兄弟仲良くする          八、 公のために働く
「一緒にしっかりやろう」        「喜んでお手伝いします」


三、 夫婦で協力する          九、 ルールに従う
「二人で助けあっていこう」       「約束は必ず守ります」


四、 友達を信じあう          十、 祖国に尽くす
「お互い、わかっているよね」     「勇気を出してがんばろう」


五、 みずから反省する         十一、伝統を守る
「ごめんなさい良く考えてみます」「いいものは大事にしていきます」


六、 博愛の輪を広げよう        十二、手本を示す
「みんなにやさしくする」       「まず自分でやってみます」


「教育勅語」 口語訳


 わたくしは、我々の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現を目指して、日本の国をおはじめになったものと信じます。そして、わが国民が忠孝両全の道を完うして、みんなで心を合わせて努力した結果、今日に至るまで見事な成果をあげてきたことは、もとより日本の優れた国柄の賜物といわねばなりませんが、教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。
 国民の皆さん、子供は親に孝養を尽くし、兄弟、姉妹は互いに助け合い、夫婦は仲睦まじく和らぎ合い、友達は胸を開いて信じ合い、また自分の言動を慎み、すべての人々に愛の手をさしのべ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格をみがき、さらに進んで社会公共のために貢献し、また法律や秩序を守ることは勿論のこと、非常事態が発生した場合は身命をささげて国の平和と安全のために奉仕しなければなりません。
これらのことは、善良な国民として当然のつとめであるばかりでなく、
我々の祖先が今日まで身をもって示し残された伝統的な美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。
このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、われわれ子孫の守ら
なければならないところです。それと共に、この教えは、昔も今も変わらない正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国に示しても、まちがいのない道であります。従って、わたくしも国民の皆さんと共に、父祖の教えを胸に抱いて、立派な徳性を高めるように、心から願い誓うものであります。

明治23年より教育勅語が教育現場で実践されるようになり、日本は道徳人倫の道を歩む、道義国家として、世界からも高く評価される国でありました。
しかし、教育勅語は戦後、アメリカ占領期間中に廃止せられ、教育現場から姿を消しました。すなわち、これは占領軍GHQが日本の国体破壊の三本柱として「神道指令」「天皇人間宣言」そして「教育勅語」の廃止でありました。
(「神道指令」「天皇人間宣言」については次の機会に譲ります。)


教育の崩壊、家庭の崩壊、道徳倫理の欠如、利己主義、個人主義、等々の
問題が叫ばれて久しい今日でありますが、この教育勅語の廃止をはじめ、戦後に占領軍の圧政のもと制定された憲法等の法律などの影響であると強く感じます。今こそ「教育勅語」の復活が必要であると考えます。各家庭におかれましては、教育勅語の十二の徳目をぜひ家庭教育として実践して明るい家庭を築いてほしいものです。


ドイツやアメリカでさえも、戦後にこの教育勅語の道徳を参考にし、国家再建、教育再生に役立てたと聞きます。ドイツの大統領室には今でも「教育勅語」が掲げられているそうです。


昨今、教育勅語と戦争を結びつける言論を耳にする事がありますが、日本人としての道徳を説いたものであり、上記の「大切なこと」や口語訳をお読みになれば分かる通り、戦争と関連づける事には無理があるでしょう。